「そのままで、いいんですね。」と思った瞬間。ありがとうございます。

「そのままで、いいんですね」

今までの自分と、これからの自分。

少し、見えてきました。

 

・・・

昨日は、藤沢まで歌のレッスンに行ってきました。

私にとって、声と向き合うことがどんなことかっていうことについては

ひとつ前の投稿で書きました。

 

昨日は、2回目のレッスンで。

いったん今までやってきたことを0化。

0からの出発をしたいと思って、

ちょっと内緒で、藤沢まで来ているんです。

 

こんな風に書いていますから、まったく内緒ではないのでしょうけれど

たぶん、ほどんどこのブログは見ていないだろうという勝手な思い込みのもとに

つらつらと書いています。

 

「どうしても力を抜けなかった・・・」

 

 

歌は、小学生のときは少年少女合唱団に入って、中学から声楽の先生について習い始めました。母がピアノの先生だったから、というのも強いと思いますが、音高に行きたかったんですね。中学のときには夏休みに音高の夏期講習に行ったり、友達と音楽室で朝練したり、そんなことをしたときもありました。でもね、これは性分というか、力が抜けないんですね。ポーズはきれいに歌っているようでも・・・なんというか、力む・・・。

 

結局、音高に行くのは断念して、それなりに成績も良かったので

推薦で六大学の付属校に入ることが出来ました。

学級委員したり、生徒会したり、部長をしたり・・・

俗にいう優等生のような雰囲気で・・・同時に人を寄せ付けない・・・

そんな雰囲気もたぶんにあったと思います。

 

そんな頑強さも、

「母のようにならないと」とか、

「父のようにならないと」

とかいうところからスタートしていたと思います。

 

父も私から見たら非常に賢い人で、なおかつ母がどんなに病気で具合が悪くなっても

一言も愚痴をいわず、しっかり母と子どもを守る・・・そんな人なんですね。

 

 

母を見ても及ばず、父を見ても及ばず。

できそこないロボットかのように力を蓄え、

かたくなさという点において強固になっていったと思います。

 

「どんなことがあっても人の前では弱いところを見せてはいけない」

 

そんな方程式をつくっていたかもしれませんね。

 

まあ。そんなような背景も、こんなことは部分の部分なわけですが

声にそのままでるんですね。

 

とにかく、力を抜くこと。

楽にすること。

あそぶこと。

 

私にとっては、あるところそれが生きる仕事でもあるんですね。

そんな感じです。

 

真面目さや、自分への厳しさが、人に対しても出るようになっていては

私も、目の前のあなたも苦しい。

 

厳しさをほどいて、

「愛そのもの、真理そのもの、動きそのもので生きること」

 

力の無いところ、

言葉の無いところ、

 

何にも無い ただ自分の心のうごきだけを感じられる

その自分で リスタートする。

 

今はそんな心境です。

 

 

 

 

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