昨日は中高大と一緒だった同級生と
食事をしてきました。
2人の娘さんを持つ、今や立派なママ。
-立派なママじゃない(^^)素晴らしいね🎶-
と話し始めたら、
そんなことはない!
と、色々話してくれました。
子どもと接することは多い私ですが
実の子を育てるというのとは似て非なるもの。
母だからこその苛立ちや、
ここは!というときの母の底力のようなのを
話の節々で感じましたね。
小学生の女の子が2人なので
-やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんっぽく
妹を甲斐甲斐しくみる感じなの?或いはちょっと嫉妬したりね...-
と聞いたら、いつも妹に泣かされてるとか...。なるほど、お姉ちゃん故に我慢して妹に譲るパターンを繰り返しているよう。そして、後で爆発して泣き喚く。
-料理とかつくるの大変なんじゃない?-
と聞いたら、そもそも、ごはんをあまり食べないと。ごはんの前にお菓子や他のものを食べて、いざごはんの時間になると
「いらない。もういい?(食べなくて)」
となるよう。子どもにとってはごはんとか
お風呂は、日常のお仕事のようでもあって、
ある一定の時間、拘束されるようでもあるから、願わくば早く退散して、遊びに走りたい衝動との闘いの時間となるかもしれない。笑
それでも、ママが大好きで
二段ベッドを用意しても、そこでは寝ずに
ママのベッドでママの両サイドに陣取って寝るというのだから、なんとも微笑ましく、羨ましい限り。(羨ましいのは私の思うところであって、当の本人は半ばうんざりしていたけれど。笑)
彼女とまともに話したのは、もしかしたら初めてかもしれないというくらい、昨日はよく話した。
中学時代の私は、学級委員やら生徒会やら、部活やら、放課後も歌やピアノのレッスンやらで、同じクラスとて密に交流するというスタンスはなかったと思う。あったとしても本当に部分的。子ども時代を経て、今だからこそ話せることもあるかもしれない。
中学1年で同じクラス、中学3年で同じクラス。うっかり同じ高校に行き、うっかり同じ大学の同じ学部に通う。
たとえ、その時分に深い話しの一つ
交わしてなかったとしても
今、出会い直して出来るのだから
All OKという感じ。
感謝。
お読みいただいてありがとうございます😊