Sawayu's blog

澤田祐子の日々の気づきや、DIGNITY MOVEMENT,JAPAN MISSION PROJECT、

人間の限界を超えて、尊厳ある社会を創りたい-小さな小さな心のストーリー

...で、あなたは何やっているのと訊かれて...


私の仕事は全世界72億を元気にすること。


ちょっと難しい言葉を羅列しますが...


人間の『尊厳性=Dignity』を『メタ認識技術』『観術』を道具に再規定し、啓蒙発信すること。そして、その技術を使って教育、経済、政治、文化芸術に新しい風を吹かせ、Alの胎動に呼応できる、人類史上初!人間の性能のバージョンアップ、人間社会の底上げをすることです。


具体的には、オフライン、オンラインにおける新しい教育プログラムの開発と運営、人間関係における様々な問題の解決と解消のためにカウンセリングやコンサルティングコーチングをしています。歌やピアノを幼少期からしていて、音楽療法を捉えている背景もあって、それに因んだ活動しています。


さて、非常に大きな風呂敷を広げたようですが、この認識技術は近く必ず皆さんに必要になる人類史上初の大きなパラダイムを転換させる技術です。


さて、人にはいろんな人生ストーリーがあると思います。私にも同じようにストーリーがあります。

 

【小さなマイ ストーリー】


私は、側からはいつも周りにたくさんの人がいて、忙しく動き回るイメージに見えるようですが、結構一人が好きで...みんなと一緒にいても心から繋がれない、繫がれるイメージが弱くて結果的にポツンとなるパターンが強いタイプでした。

 

こうなる背景をお伝えすると

・・・

私は、小学校1年生のときにピアノや合唱指導をしていた母が精神疾患を患うようになり、幻覚とか幻聴とか発狂とか、私の目には人間と映らない状態が続いて、母は入退院を繰り返すようになりました。

 

そんな中、私は自分の基本的なニーズをそのまま素直に表現することが難しくなりました。

 

「ごはんが食べたい...んだよね」

「学校で○○が必要なん・・・です・・・」

「○○ちゃんのお母さんから~~って言われた。ー悲しかったー」

 

とか、自分の必要、思っていることを 

 

ポン!

 

と言えない。そしてどこか頑なでもありました。

 

「言ってもしょうがない」

「みんなに笑われないようにがんばろう!」

 

って強く決めたんですね。母が精神疾患であることが、私にとっては人から奇異な目で見られたり、差別される対象でしたから、そのことに踏み込まれたくない心が逆に頑なさを強化していました。

 

「我慢しなくちゃ!私が頑張ればいい!バカにされないようにしよう!」

 

って本気で思いました。

今と違って人を寄せ付けない雰囲気というのが多分にありました。

 

【小さな信仰と信仰の限界-小学校のとき】

 

小学1年生のとき、近所のお姉ちゃんがクリスチャンで、彼女と一緒に教会に通うようになりました。

 

「神様が私を助けてくれる。母の病気をなおしてくれる。」

 

神様は私の「唯一の友だち」になりました。

神様のおっしゃること、聖書に書いてあることが絶対というように、あるところ私の中のモデルでもありました。

一方、人間的には母のような人、音楽の先生になると決めていました。ピアノも歌も料理もなんでも...私と違って若いときの母は綺麗な人でした。そんな意味でも憧れだったんですね。


そんな心を育む中、信仰者として祈りピアノや歌で人にうまく言えない自分の本当の気持ちや息苦しさを解消しながら、

外は鎧兜のように、一人でなんでもできる子に見えるように装いながら、日々を過ごしていました。

 

結果、教会に行って、信仰をもっても関係性が結べない友だちにも近づきたいけど、近づけない。 ことに気づきました。


神に語り、音楽で解消しますから

人との間に壁が出来ました。


そして宗教、イデオロギーの問題で神と神も争う。私は私の思考の中で行き場を無くしました。教会生活からも離れるようになります。

 

【大学生のとき】

 

その代わりにというか、母の病気のこともあって、精神科のひきこもり支援に没頭すようになりました!人が苦手になる私は、同じように人との壁に悩んだり、その症状に悩む方々と波長が合いました。学部時代は社会教育、とりわけ精神障がい者支援について、卒業後に音楽療法の勉強と実践をして、関わっていた地域医療の先生や家族会の皆さんからは高く評価されるようになりました。

 

けれど、現場は腑に落ちないことばかりでした。目の前のクライアントが正常とか異常とか判断する自分が良く分からなくなってしまうんです。


-同じ人間じゃん!!-


正常と異常。どんな基準で人間を決めつけるの!?私は音楽療法の現場も離れるようになりました。

 

【交通事故と記憶喪失】

 

そしてこの身体をもった自分からも離れるようになりました。


交通事故にあって頭蓋骨骨折や脳挫傷というのをやって、感覚てきに記憶が0になりました。一瞬過去がリセットされたような状態です。しかし、リハビリを経て脳はすごいですね。記憶は少しずつ戻ってきました。そして、過去や記憶にさいなまれるんですね。

 

【NohJesu氏との出会い】


そんなときに出会ったのがNohJesuさんでした。彼は韓国人。日本の福岡でメタ認識技術のもとになる、宇宙の根源を示唆する0=∞=1という数学者にはわけのわからない、でありながら数学者が何よりも知りたかった数式を発見した方。


-この人どこを観ているんだろう。-

-何者なんだろう。-


Nohさんは私の限界を瞬時に見抜きました。


『過去はないんだよ。あなた生きるの本当に大変だったはず...大丈夫。たくさんの人に愛されるようになる』


Nohさんは、人間のモノの観方の課題と限界、基準点の限界について明確に論理とイメージで整理して、そもそもの人間の脳の機能的限界を超えて、全く新しい1つの論理とイメージで整理することがこれからの時代には必至であることを話されました。


私は、


『やっと見つけた!!!神を超える論理だ!』


ってそんな感覚を得ました。私にはNohさんがこの時代に、これまでの人類歴史に本気勝負していることがよくわかりました。これで革命ができる。

 

自分と自分の意識の宇宙が本当に0化する

信じる世界でも事故にあって記憶を消す世界でもない

論理とイメージで理解する。そのことで、

信仰の限界、記憶や過去のトラウマに縛られる自分から ∞の可能性そのものの自分が本来の自分と明確に理解することができたんです。人間を観る基準点 『尊厳』を観る事ができました。

 

【関係性の再構築】


そしてやっと。関係性をつくることができるようになりました。


まずは母と。「祐子、お母さん宇宙に遊びにいったことあるのよ...」という、よくわからない母の言葉や行動も、1つの構造で理解ができるようになりました。母に大きな声で自分の気持ちも伝えられるようにもなりました。今までつきあってきた精神科にかかるみなさんとも尊厳から関係性を観れるようになりました。問題はあるものでなく、すべて認識の問題だと理解できるときに、問題が一掃し課題になりました。

 

今だからこそ、関係性がつくれなくて苦しい事が本当によくわかる。


脳の観点の問題を突破できたときに、宇宙自然、すべてが関係性であること、人間も地球も宇宙も神も、観点の外、脳の外から整理ができるようになります。脳の外とは人間の無限の可能性そのものを表します。


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私はこれをグローバルスタンダードの教育にして、日本から新しい教育革命、第2のルネサンス、西洋、アメリカを超えるアジアのリーダーシップを作りたい。AIのディープラーニングに対して、人間にもディープラーニングが必要。人間にしかできない仕事を開発開拓することです。

 

すべての差を取って、∞の可能性そのものである人間の尊厳を一人ひとりが自覚し、自立できる社会づくりに参加できるように協力関係がオートで生まれる仕組みを投入して未来社会に自分の能力、可能性を投入することがどれくらいワクワク、楽しいことなのか実感して頂きたいんですね。

 

私は今。歌や音楽と向き合いなおして、2020年東京オリンピックをただのスポーツの祭典に留めず、尊厳あるオリンピックになるような文化芸術の祭典、願わくば、日本から世界に発信するアニメーションを創りたいと希望しています。

 

是非、この場を通して、みなさんと仲良く、いろいろと交流していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。